更新日:2022年2月25日

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令和3年度韮山反射炉講座「代官江川英龍が見た幕末」

令和4年2月20日、韮山反射炉を愛する会(会長:林光珠)と伊豆の国市は「韮山反射炉講座」を開催し、約120人が参加しました。品川区立品川歴史館の冨川武史学芸員が講演し、江川英龍・韮山反射炉・品川御台場の関係性とヒストリーを紐解いていきました。

実施概要

日時:令和4年2月20日(日曜日)13時30分~16時00分

会場:韮山時代劇場大ホール

内容:講演1.令和2・3年度韮山反射炉保存修理工事の実施報告(伊豆の国市文化財課辺太一)

講演2.「代官江川英龍が見た幕末~品川御台場と韮山反射炉築造の顛末~」(品川区立品川歴史館芸員川武史)

チラシ韮山反射炉講座のチラシ冨川先生の講演

講演資料、動画の公開

冨川学芸員の講演資料のアップロードは行いません。

講演内容についての質問への冨川学芸員からの回答
質問
質問 回答(冨川学芸員)
反射炉の技術が後の日清・日露の大砲に使われたと聞きましたが、そうですか。 韮山反射炉の技術が直接活かされたかどうかはわかりません。しかし、韮山に限らず、佐賀や薩摩、水戸などでも反射炉を築いて大砲を鋳造しており、そうした技術がのちの軍事技術向上に繋がったのは間違いないと思います。
伊豆石の建築資材としての重要性を強く感じました。現沼津市口野の負越丁場の歴史的意義、更にその周辺石丁場に始まる建築技術が後の「狩野川放水路」の整備などに少なからず影響を与えているのではないかと思い、歴史のつながりがありそうでしょうか。 沼津市域での石切技術は江戸城築城時からありますので、御台場築造に伴う口野や獅子浜での採石技術に限らず、歴史の積み重ね(技術の継承)が狩野川放水路開削を含めて近代に技術が活かされたことは間違いないと思います。

技術が受け継がれたとありましたが、具体的にわかっていますか。

(例えば、XX製鉄に○○人がいった等)

人物に関することなど、詳しいことは私自身把握しておりませんが、いくつかその後の展開をお伝えします。

1.御台場の築造技術は明治5年日本初の開業時に設けられた高輪築堤にまず活かされています。その後の石材を使った石積は、石材を少しずつ小さくしながら形を変えて多くの場所で築かれました。その一方で、施工自体は粗くなっていったような印象を受けます。

2.韮山反射炉は創業を停止した後、江戸に幕府が築いた滝野川反射炉(東京都北区)に諸機械が運搬されて再利用されています。鋳砲は製鉄技術の発展にも繋がっており、近代に活かされています。

3.また、韮山反射炉の明治期の修復には、品川白煉瓦製造所製の耐火煉瓦が使用されています(「SHINAGAWA」の刻印があるものが韮山反射炉で見えます)。品川白煉瓦製造所製の耐火煉瓦は、富岡製糸場や東京駅をはじめ、いろいろなところで使われており、韮山での技術が確かに受け継がれたことを示しています。

各所の技師たちによって、技術伝播が起こり、日本全国に広がっていったといえると思います。
韮山反射炉での青銅製の大砲14本の証拠はあるのでしょうか。 江川文庫所蔵「御鉄砲方御用留」の分析により、青銅製の野戦砲14門(ライフルカノン砲5門・ボートホーイッスル砲9門)の鋳造成功が確認されています。「御鉄砲方御用留」は、伊豆の国市が刊行した『韮山反射炉関係資料集』第2巻上巻・下巻に翻刻されているので、ご参考になってください。

一部要約・抜粋しました。また、すべての質問・感想等に対し回答しているわけではありませんので御承知ください。

 

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〒410-2292静岡県伊豆の国市長岡346-1 あやめ会館2階

電話番号:055-948-1425

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